権力側が犯罪を線引きできる「香港国家安全維持法」は、外国人にも適用

2020.07.09

社会

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写真:ロイター/アフロ、郷原 章

中国の国会に相当する全国人民代表大会(全人代)常務委員会は6月30日、「香港国家安全維持法」を全会一致で可決し、翌7月1日から施行した。解釈次第でいかようにも運用される同法律、香港の1国2制度が骨抜きになる可能性が懸念されている。香港返還記念日の7月1日には抗議デモが行われ、新しい法律によって逮捕者が数百人規模で出た。香港市民があげ続けてきた民主化の声は今後どうなるのか。

2003年から続いた「安全法」のひとつの結論

香港の憲法にあたる基本法の第23条は、政府に対する反逆や国家分裂を扇動する政治活動等を禁止するために、香港政府は国家安全条例を制定しなければならないと書かれている。しかし、この条文は不明瞭で運用方法があいまいだった。日本で例えるなら1925年~45年の治安維持法のようになりかねなかったことから香港市民は大反発。同法の立法にあたり2003年7月1日には50万人規模のデモが発生し香港政府は事実上、撤回を余儀なくされた。

これまで筆者は何度も書いてきたが、「逃亡犯条例」改正案の発端は2018年、香港の学生の陳同佳が台湾で自分の恋人を殺して香港に逃げたことにある。台湾当局は陳同佳の身柄の引き渡しを求めたが、香港と台湾の間には犯罪人の身柄の引き渡し条例がないために起訴できなかった。香港政府が法改正を進める際に中国とマカオを加えると、そこで一気に香港市民に不安が広がり、抗議デモと活動が2019年に繰り返されたことは記憶に新しい。その後、香港政府は正式に法改正を断念した。

香港「犯罪者引き渡し条例」

強行採決までのカウントダウン 大論争中の香港「犯罪者引き渡し条例」

2019.05.16

2003年以降に発生した香港の一連の動きから、共産党一党独裁が脅かされるという懸念が頂点に達した中国政府は2020年6月、例外的に中国側が香港の法律を定めることができる基本法18条の付帯文書3を利用して「香港国家安全維持法」を制定するという裏技を繰り出した。2003年から続いていた論争に17年かけてひとつの決着をつけた形となる。

7月1日付の新聞。上3紙は法律制定を祝う香港政府の広告。左下は民主派、右下は親中派の新聞

外国人にも適用、中国本土での裁判もあり得る

この法律は「国家分裂」「国家や政権転覆」「テロ活動」「外国勢力と結託し国の安全に危害を加える行為」という4種類に区分される。裁判は非公開、陪審員なし。

「逃亡犯条例」改正案のデモのときは抗議者が交通信号などを破壊することで抵抗を示したが、それをテロ行為と認定したほか、香港内に「国家安全維持公署」を新たに設置して中国の公安当局が香港の治安維持をすることが可能になった。また、法律的には香港の法律と中国の法律が相反するときは中国の法律が優先される。

中国の行政機関である国務院の香港マカオ事務弁公室・張暁明副主任は7月1日、国家安全維持公署の署員が逮捕した場合は「中国の法律に従う」とコメントしており、裁判は中国本土で行われる可能性がある。また、「外国勢力と結託し国の安全に危害を加える行為」という観点から、外国人が香港で国家安全維持法を犯した場合でも適用するとしており、後日、香港を観光しているときに逮捕されるケースもあり得なくもないという厳しい法律だ。

「国家安全維持法」は過去の「国家安全条例」と同じ。いかようにでも解釈できる

正式名称「中華人民共和国香港特別行政区維持国家安全法」の最大の特徴は、基本法23条に基づく「国家安全条例」と同じように、拡大解釈ができる、いかようにでも解釈できる……と、どんな表現でも構わないが、権力側が犯罪の線引きができる点だ。

施行後さっそく象徴的な事例が現れた。「逃亡犯条例」改正案のときに広まったスローガンである「光復香港 時代革命(香港を取り戻せ、時代の革命だ)」についてだ。香港政府は「中華人民共和国からの香港特別行政区の分離、法的地位変更、国家権力の転覆という意味を最近では含んでいるため」と説明し違法だという見解を示した。

ほかにも、例えば第29条5項に香港政府や中国政府に憎悪や厳重な結果を「引発」した場合と書かれている。中国語の「引発」とは「誘発する」という意味だが、鄭若驊(テレサ・チェン)法務長官は7月1日の記者会見で、「何をもって誘発と判断するのか」という問いに「一般的に、起こった状況を見ながら、違法だったのか判断する」と答えるにとどまり、何がダメなのかなどを明確にすることはなかった。拡大解釈の怖さがここにある。

デモでは逮捕者への徹底的な荷物検査

7月1日は香港の中国の返還を記念する日であり祝日だ。毎年、香港政府に民主化などを要求するデモが行われており、2003年7月1日の基本法23条に関するデモでは、香港人は民意で政治を変えることができることを知った。それ以来、たびたび大規模なデモが発生している。

2020年も主催者の民主派団体「民間人権陣線(民陣)」がデモ行進を申請したが、警察は危険を理由に申請を却下。民陣の陳皓桓副招集人や一部の民主派政治家は、逮捕を覚悟の上で、個人単位で行うことを表明。銅鑼湾(コーズウェイベイ)の東角道を出発し中環(セントラル)の遮打道を目指した。

例年、デモは香港島最大の目抜き通りの一つ、軒尼詩道(ヘネシーロード)を使って行われるが、今年は警察が道路を封鎖しデモ行進を行えないようにした。そのため、デモ隊や抗議者は軒尼詩道の南北にある道を利用して活動を行わざるを得なかった。

周辺の道路も通行が一部制限されたため、デモ行進をしにくくなり、隣町の湾仔地区でも動きがあったが、当日のほとんどは銅鑼湾を中心にあちこちで抗議活動が行われることになった。

デモ行進は軒尼詩道周辺で行われた

抗議に参加していた23歳の男性は「怖さですか? 10を最大とするなら3ぐらいですかね? 声をあげなければ法律がそのまま運用されてしまうので、今日は参加しました」と話していた。

7月1日のデモで逮捕者は370人にのぼった。一つは国家安全維持法という法律ができたことと、もう一つは新型コロナウイルス対策で51人以上集まってはいけないという条例が制定されているためで、2つの法的バックアップによって警察は摘発しやすかったという状況だ。

抗議者と対峙する警察

近年、「逃亡犯条例」改正案のデモ等で警察の過剰な暴力がクローズアップされたが、今回はそれよりも逮捕した後に荷物検査が徹底していたことが特徴的だった。デモ参加者の摘発第1号はリュックに香港の独立が書かれていたものが入っていたからだったが、その後の逮捕者も徹底的にかばんの中身を調べられていた。

逮捕者への荷物検査

今後は法律の運用次第という面があり、正直なところ、まだどのように香港社会が変化していくかは見通せない。外資系企業が大勢、オフィスを構えているのが香港であり、もし運用が厳しく行われビジネスができないと判断し、香港から撤退する動きがたくさん出れば、われわれが知っている“国際金融センターとフリーポート”から“上海などと同じ中国の一都市”になるということになるだろう。