海外の大学に勝つにはお金がかかる 東大がファンド運用に積極的な理由

2021.12.27

経済

0コメント
海外の大学に勝つにはお金がかかる 東大がファンド運用に積極的な理由

写真:MMpai/Shutterstock.com

東京大学は研究成果をもとに起業する大学発のスタートアップに投資する600億円規模のファンドを創設する。大学本部のある東京・本郷地区を「本郷インテリジェンスヒル(仮称)」と銘打ち、スタートアップや投資家が集まる一大拠点にする計画だ。欧米の有力大学に遅れをとっている大学発のベンチャーを資金・インフラの両面から支援強化する。

アメリカの有力大では年間1000社規模でスタートアップが創業

東大はすでに民間ベンチャーキャピタルの東京大学エッジキャピタルパートナーズと組んで、110社超のスタートアップに投資してきた。科学技術や経営に知見のある人材がスタートアップ経営陣と伴走し、創業前後から支援するのが強みだ。

国立大学は原則、スタートアップには直接出資できないが、2021年の通常国会で成立した改正国立大学法人法で、2022年4月から東大のほか京都大や東北大など指定国立大9校は出資が可能に。東大のスタートアップ投資ファンドはその嚆矢(こうし)となるもので、スタートアップに直接投資することも検討するという。まず東大が100億円程度を拠出し、外部の投資家らの資金も含めて10年間で600億円規模に拡大させる方針だ。

また、東大出身の上場企業経営者らでつくる「東大創業者の会」は、在学生や卒業生が立ち上げたスタートアップに投資する「同窓生ファンド」を新設する。12月に組成を開始し、20億円規模のファンドに育て上げる計画だ。同ファンドでは東大出身者の小倉博氏が創業した不動産仲介サイトのgooddaysホールディングスなどが出資する見通しで、同窓会のミクシィ創業者の笠原健治氏やユーグレナの出雲充氏など先輩起業家の知見も共有する。

経済産業省によると国内の大学発スタートアップ2020年10月現在で、東大が最多の累計323社、京都大が累計222社と続くが、アメリカの有力大では年間1000社規模でスタートアップが創業されている。その開きの主因のひとつが投資力の差で、日本の大学スタートアップが調達する資金額は欧米に比べて見劣りする。

政府も10兆円規模のファンドを組成

危機感を強めた政府も10兆円規模の大学ファンド組成に動き出した。2021年度中にも運用を開始する方針で、今秋以降、運用委託会社の選定に入っている。この動きに呼応するように「信託銀行、大手運用会社などがファンド受託に向け目の色を変えている」(市場関係者)という。

同ファンドは、欧米の大学に比べ研究力や専門人材が低下している日本の大学を資金面からのバックアップするのが狙いで、科学技術振興機構(JST)の下に設置された。資産規模は当初4兆5000億円からスタートし、「大学改革の制度設計等を踏まえ、早期に10兆円規模の運用元本にまでもっていく」(内閣府)という。すでに種銭として政府出資5000億円(2020年度第3次補正予算)、財政投融資4兆円(2021年財投計画)が措置されている。

高すぎる? 年3%の運用目標

欧米の主要大学のファンドは巨額な資金を運用し、その果実を大学運営に生かしている。例えば、米ハーバード大の約4兆5000億円はじめ、米イエール大約3兆3000億円、米スタンフォード大約3兆1000億円、英ケンブリッジ大約1兆円、英オックスフォード大約8200億円(いずれも2019年数値)を運用。

ハーバード大では運用資産の約2割を、大学発スタートアップを含む未公開株に投資しているほどだ。日本の大学もそれぞれ単独で資産運用しているが、これら欧米の大学に比べ、その規模は大きく見劣りする。このため国が音頭をとって官製大学ファンドを創設して、その差を埋めようというわけだ。

しかし、危うさもつきまとう。「具体的な運用はJSTに最高投資責任者(CIO)が担い、外部の金融機関から人材を招聘する予定で消費者物価上昇率に3%上乗せする運用を目指す」(関係者)という。この世界的な超低金利下にあって年3%の運用成果を上げるのは容易なことではない。ちなみに世界最大級の年金基金であるGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)は賃金上昇率プラス1.7%が目標だ。いかに大学ファンドの運用目標が高いかがわかる。

このためポートフォリオ(運用資産構成)では、国内外株式の割合を債券よりも高くし、高いリターンを得られるように工夫するほか、将来的には未公開株に投資するプライベート・エクイティ(PE)も増やすことを検討している。

高い運用成果を上げるためには運用のリスク度を引き上げないといけないが、果たしてうまくいくのか。また、運用に失敗した場合、誰が責任を取るのかなども問題となる。いずれにしても種銭は国民が提供したものである。大学ファンドの裏付けは税金であることを忘れてはならない。

この大学ファンドの運用を担う担当理事(CIO)に就いたのは、農林中央金庫出身の喜田昌和氏(1992年、京大経済学部卒)だ。喜田氏は開発投資部や投融資企画部など、農中で運用の中核ポストでキャリアを積んだ。2017年のオルタナティブ投資部長を経て、2019年4月に常務執行役に就いていた。ベンチマークとなる市場利回りを凌駕する高い運用利回りの実現を目指すJSTにとってまさにうってつけの人材といえよう。

政府は2021年7月27日に、大学ファンドに関する有識者会議を開いて、ファンドの基本ポートフォリオについて、国内外の上場株式が65%、国内外の債券が35%と決めた。同じ公的な年金資金を運用するGPIFの基本ポートフォリオは国内外株式がそれぞれ25%、国内外債券が各25%。大学ファンドの方が株式のウェートが高く、リスクをとる積極運用の姿勢が窺える。

政府はこのJSTから出る毎年3%の運用益を研究支援などにあてる計画だ。井上信治科学技術相(当時)は「日本の研究開発でゲームチェンジとなり得る画期的な支援だ」と意気込んだ。

規制緩和により機動的な資金調達が可能に

大学の資産運用をめぐっては、運用原資の確保を後押しする規制緩和も進められている。文部科学省は国立大学による債券発行の要件を緩和した。国立大学が発行する債券は「大学債」として流通しているが、その発行は附属病院の学生寮の整備、キャンパス移転のための土地取得などの直接的な収入が見込める事業に充てることが要件となっている。「大学の財務を健全に維持するためには、大学債の資金使途には一定の縛りが必要という認識だった」(国立大学と取引のある大手証券幹部)ためだ。

文科省はこの制限を緩和し、最先端技術の研究・開発のための施設の整備など、中長期的な視野にたって大学の競争力を高めることができる事業にも大学債の発行を認め、国立大学法人法の施行令を改正した。

今回の規制緩和は東大の政府への要望がきっかけだった。東大は企業と連携して半導体研究や量子コンピューターの設置などを計画しており、そのための資金調達が必要となっていた。このため「東京大学さんはかなり前から債券を発行して資金を調達する準備をされていました。すでに格付投資情報センター(R&I)から『ダブルAプラス』の高い格付けも取得しており、大学債の発行により数百億円を調達する計画をお持ちだと聞いています」(先の大手証券幹部)という。

国立大学の資金調達は国からの補助金や長期の借入、企業からの資金支援などがあるが、金額に限りがあるほか、調達に時間を要するケースが多かった。大学債の発行要件が緩和されたことで、より機動的な資金調達が可能となり、財務の機動性が増す。

財務戦略の高度化では、大学の資金運用も機動性が増している。2017年に国立大学法人法が改正され、世界最高水準の研究・教育を目指す「指定国立大学法人」や、文科省の認定を受けた国立大学は、幅広い有価証券への投資が可能になっている。指定国立大学法人には東大、京都大、大阪大など7行が指定され、それ以外に文科省から19大学が運用拡大の認可を得ている。資金調達、資金運用の両面から大学の財務基盤の充実が期待されている。

大学という特殊な法人が一般事業会社に近づきつつある

だが、大学の資金運用に一抹の危うさも伴う。

「駒澤大学はデリバティブ(金融派生商品)運用で154億円の損失を出した」

今から13年前の2008年末、こんな記事が新聞紙上をにぎわした。「当時はミニバブルで、どこの大学も銀行や証券会社の口車に乗り、金利スワップや通貨スワップなどをこぞって購入していました。それがリーマン・ショックで一気に暗転、巨額な損失を抱えてしまったのです」(私立大学教授)。その後始末のために、キャンパスや野球部のグラウンドなどの保有資産に根抵当を付けるなどして、資金繰りを支えた大学も少なくなかった。

大学は資金調達、資金運用の両面で自由度が増し、財務の選択肢が広がる。それは大学という特殊な法人が、一般事業会社に近づくことでもある。当然、財務のリスク度は高まるが、国内では人口減少が進む一方、各種研究分野における海外の大学との競争も高まるなか、避けては通れない道といえよう。