ドラマで注目の陸上自衛隊「別班」は世界の常識

2023.9.2

社会

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ドラマで注目の陸上自衛隊「別班」は世界の常識

写真:陸上自衛隊フォトギャラリー

陸上自衛隊の情報部隊「別班」がにわかに注目を浴びている。「別班」は陸上幕僚監部運用支援・情報部に存在する秘密部隊として2013年に報道され、その後、国会答弁にも登場、当時の政府によってその存在を否定されている。「秘密」「非公然」の扱いに色めき立つが、世界では軍や治安組織が諜報活動を行うのは当たり前。アメリカをはじめとする主要国の情報組織にはどんなものがあるだろうか。

内閣総理大臣や防衛大臣も知らない?

「制作費1話1億円」とネットでも話題のドラマ「VIVANT」(TBS)は、日本の非公然スパイ組織「別班」の名前が飛び出した点にも注目が集まる。「内閣総理大臣も知らない」と言われる“謎の組織”が、TVドラマに実名で扱われること自体、恐らく初めてではなかろうか。

詳細は省くが、2013年11月に共同通信のスッパ抜き記事が全国の新聞に掲載されたことで存在が暴露、「陸自(陸上自衛隊)独断で海外情報活動 首相、防衛相にも知らせず」との見出しが躍り、シビリアン・コントロール(文民統制)の危機を訴えた。

「陸上幕僚監部運用支援・情報部別班」が正式名らしく数十名のエージェントで構成され、中国やロシア、韓国(北朝鮮の動向を調査)など、日本に敵対的な国に拠点を置き身分を隠し、要人などに巧みに近づき買収などで篭絡(ろうらく)して軍事・外交情報を収集しているといわれている。いわゆる人間を介した情報入手「ヒューミント」(ヒューマン・インテリジェンス)だ。

ただし問題は、選挙で選ばれた“国民の代表”で自衛隊の最高指揮官である内閣総理大臣はおろか、防衛大臣すらその存在を知らない点だ。事実ならシビリアン・コントロールからの逸脱はもちろん、平和憲法のもと「専守防衛・海外派兵の禁止」を旨とする日本の国是とも矛盾しかねない深刻な“自衛隊の暴走”との声も多い。

だが一方で「そもそも“軍隊”所属のスパイ組織が海外で隠密活動を行うことなど当たり前で、日本はガラパゴスだ」との指摘も。

設立の手続きや憲法との兼ね合い、指揮系統の明確化など課題はあるが、ただ、軍隊や警察・治安組織がそれぞれ直轄の情報組織を抱え、さらに一部は海外でスパイ活動を展開するのはむしろ常識だ。

「戦わずして人の兵を屈するは善の善なるものなり」と孫氏が「兵法」で力説するように、ライバル国を凌ぐには、実際に戦火を交えるよりも精度の高い情報をいち早く握って機先を制した方が、はるかにコスト・パフォーマンスがいいからだ。

「強大な同盟国・アメリカから情報をもらえばいいのでは」との考えもあるが、情報はギブ・アンド・テイクが国際社会での鉄則で、こちら側が“特ダネ”を提供できなければ、相手側も「カスねた」「ガセねた」しかつかませてくれない。ネット社会でも自ら調べる手間すら惜しみ、無暗やたらに「教えて、教えて」とWebに書き込むネットユーザーが嫌われるのと同じだ。

アメリカには20以上の組織が群雄割拠

では主要国の情報組織の状況はどうか。大所帯を抱えるのがアメリカで、組織の多さは天下一品だ。各組織が複雑に絡み合って担当範囲も重複して一見非効率に思えるが、ただ、ひとつの組織だけに任せた場合、その情報が本当に正しいのか、恣意的に解釈していないかの判断が極めて難しい。このため複数の組織を並列させ、さまざまな角度から入手した情報を精査するのが一般的だ。

その一方で、各部局の既得権益の死守や、お役所の自己増殖、縦割り行政・二重行政といった弊害を批判する向きも。

アメリカの主な情報・諜報組織を挙げると、

独立系

  • 中央情報局(CIA):米諜報機関群の筆頭で対外諜報活動の要(かなめ)。名目は国家情報長官直属だが事実上の独立組織。ヒューミントが得意で、近年はドローンを使った攻撃など準軍事作戦も積極的。

国防総省・軍

  • 国家安全保障局(NSA): 軍事衛星を駆使し各種通信やインターネット、海底ケーブル、携帯電話などあらゆるコミュニケーション手段から情報を収集・解析する「シグナル・インテリジェンス=シギント」が専門。
  • 国防情報局(DIA):国防総省(ペンタゴン)直轄で軍事情報を専門に収集。
  • 国家偵察局(NRO):軍事衛星の開発や運営、航空機の偵察による情報収集・分析。長らく存在自体が秘密だった。
  • 国家地理空間情報局(NGA):地理空間情報の収集。
  • 中央保安部(CSS): シギント部隊で陸海空軍が持つ各種偵察システムを利用し情報収集し暗号解読などを行う。
  • 国防防諜・安全保障局(DCSA):治安情報収集、産業安全保障に関する監査で、軍事関連の産業スパイを監視。
  • 陸軍情報保全コマンド(INSCOM):陸軍直属の情報部隊。
  • 海軍情報局(ONI):海軍直属の情報部隊。
  • 第16空軍(16AF):空軍直属の情報部隊。
  • 海兵隊情報コマンド(MCI):海兵隊直属の情報部隊。
  • 国家宇宙情報センター(NSIC):宇宙軍(2019年設立)直属の情報部隊。

国土安全保障省

  • 沿岸警備隊情報部(CGI):沿岸警備隊直属の情報部隊。
  • 情報分析局(I&A):各情報機関や企業などから収集した情報を分析・統合し国家安全保障に役立てる。

財務省

  • テロ・金融情報局(TFI):テロ組織、大量破壊兵器拡散組織、国際麻薬組織の情報収集。
  • 情報分析局(OIA):テロ組織、大量破壊兵器拡散組織などへの金融支援ネットワークに関する情報分析。

司法省

  • 連邦捜査局国家保安部(NSB):連邦警察として名高いFBI直轄の組織でテロ組織やスパイなどの監視と摘発。
  • 麻薬取締局(DEA)国家保安情報室(ONSI):映画で有名なDEAの直轄で国際麻薬組織の監視と摘発。

エネルギー省

  • 諜報・防諜局(OICI):核兵器・核物質の移転や拡散の監視。

国務省

  • 情報調査局(INR):外交政策を支援するため、他の情報機関の情報も含め収集・分析。

とざっと20以上にもなる重厚さだ。

CIAは組織・予算も別格で「陸海空・海兵隊、宇宙軍に次ぐ第6の軍隊」とも渾名される。有名なスパイ映画『007』シリーズは英情報機関「MI6」(英情報局秘密情報部)所属のジェームズ・ボンドが主人公だが、しばしば彼と行動を共にする相棒が、盟友のCIAの諜報部員だ。

NSAは冷戦終結後に急に表舞台に現れだした組織だが、冷戦時は秘中の秘で、「NSAはNo Such Agency(そんな部署は存在しない)の略」と呼ばれるほど。CIAへのライバル心が強く、アメリカ、イギリス、カナダ、オーストラリア、ニュージーランドの「アングロサクソン5兄弟(ファイブ・アイズ)」が共同で構築する、世界規模の通信傍受システム「エシュロン」も主導する。

これら組織の大半は、「インテリジェンス・コミュニティ」(IC)と呼ばれる、各組織の機密情報を擦り合わせ、より精度を高めた情報を大統領に届ける“情報の交通整理”組織に参画する。

中国では共産党直属の部隊が台頭

ロシア

  • 連邦保安庁(FSB):国内の外国スパイ摘発(防諜)やCIS諸国での情報収集活動も受け持つ。旧KGBの国内治安部局の末裔。
  • 対外情報庁(SVR):海外での軍事・外交情報を収集する露スパイ組織の筆頭で、旧KGBの対外諜報部局の末裔。
  • 連邦軍参謀本部情報総局(GRU):軍参謀本部直轄で露軍事スパイの代表格。主として西側の軍事情報を収集。
  • 連邦警護庁(FSO):露版シークレットサービスで大統領の警護のほか、サイバー攻撃対策、要人監視も任務。
  • 国家親衛隊:国境警備や国内治安維持が主任務だが、テロ組織の情報収集やサイバー戦も受け持つ。

中国

  • 中共中央統一戦線工作部(UFWD):国や軍より上位にある中国共産党の中央委員会直轄で、習近平体制発足後の約10年前から急激に力をつけて来た「習氏の耳目」。国内監視や対外諜報活動も担当、一説には「孔子学院」を統括するとも。
  • 国家安全部(MSS):国務院所属で中国情報戦力の大黒柱。対外諜報、防諜など情報活動全般を一手に引き受ける。
  • 公安部:いわゆる警察庁だが防諜やテロ組織の情報収集なども受け持つ。
  • 人民解放軍総参謀部・情報部(第二部):主に海外での軍事・外交情報の収集を担う。
  • 軍総参謀部・技術部(第三部):通信傍受やサイバー戦を担当。

イギリス

  • 秘密情報部(MI6):対外スパイ組織で正式な略称は「SIS」。外務・英連邦・開発省の傘下だが首相が直接指揮をとる場合も少なくない。
  • 内務省保安局(MI5):国内の防諜を担当。正式な略称は「SS」。
  • 政府通信本部(GCHQ):偵察衛星の使用を含む通信傍受や暗号解読などシギントを担当。名目上は外務省所属だが実質は首相直轄。
  • 国防情報参謀部(DIS):国防省所属で偵察衛星・偵察機の映像からの情報収集(イミント=イメージング・インテリジェンス)やヒューミントにより対外軍事情報を収集。
  • 国家犯罪対策庁(NCA):内務省所属で国際テロ組織、麻薬、外国スパイなど国内の重大犯罪の情報収集と捜査を担当。
  • ロンドン警視庁テロ対策司令部(SO15):ロンドンだけでなく全国を舞台にテロ組織、戦争犯罪などの情報収集と捜査を担う。

なお、アメリカ以外の国々の陸海空軍にも各情報部隊が存在する。

人民解放軍が防衛省にハッキング

日本もアメリカに倣ったIC(インテリジェンス・コミュニティ)が存在し、1990年代後半に設立の「内閣情報会議」(関係省庁の次官クラスによる会合で内閣官房長官が主宰)をトップに、その下に「合同情報会議」を置き、日本の防衛・治安・情報関連機関が集まり情報共有を行っている。

メンバーは内閣情報調査室(内調)を筆頭に、防衛省(情報本部)、警察庁(警備局)、外務省(国際情報統括官組織)、公安調査庁、財務省金融庁経済産業省、海上保安庁で、情報を擦り合わせた後に内閣総理大臣に報告する。

ちなみに日本の情報機関の場合、外国での極秘諜報活動を行わないことを“建前”とする。防衛省自衛隊幹部が外務省に出向する形で大使館など在外公館に赴任する「防衛駐在官」(駐在武官)は、もちろん赴任先で軍事・外交情報の収集に努めるが、これは外交官としての職務であり、すでに素性も公になっているため非公然活動ではない。

日本には世界の国のほぼ全てが備える、いわゆる「スパイ取締法」が存在せず、また、スパイ行為を処罰する法律も、自衛隊法の守秘義務違反や窃盗罪、不正競争防止法などの援用でお茶を濁しているのが実情だ。加えてサイバー攻撃への防備やカウンターに関しても主要国と比べて“3周遅れ”と揶揄されるほど遅れているのが実情のようだ。

実際、2023年8月に米ワシントン・ポスト紙が、2020年以降に中国人民解放軍のサイバー部隊が防衛省の最高機密を扱うコンピューターにハッキングさいていることをNSAが察知、日本側に忠告したものの、日本側の対応は遅れたままで、このままでは日米の情報共有に支障が出かねない、と米政府が懸念したと報じるほど。これに対し浜田靖一防衛相は「漏洩の事実は確認されていない」と釈明したが、何とも歯切れが悪い。

「スパイ天国ニッポン」と世界から嘲笑されて久しく、汚名返上とばかりに政府や与党自民党などは「スパイ防止法」の制定に向けた動きを見せる。だが国民の権利の制限など憲法との兼ね合いや、旧日本軍の悪名高き謀略など負のイメージがどうしても先行するため国民の大半からの賛同を得ているとは言い難い。

ただ、同盟国アメリカの信頼すら損ない兼ねない状況だけに、サイバー空間を含めた日本の諜報・防諜両分野、いわゆる情報戦のさらなる強化は「待ったなし」なのかもしれない。