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出産・育児・介護...ライフイベントと並行して研究も! 資生堂が支援するあきらめない女性研究者たち

2017年07月27日
読了時間: 08分00秒

日本の研究職における女性の割合は、ロシア、イギリス、イタリア、アメリカなどの海外と比べて圧倒的に低い。その背景には、キャリアアップにおいて、女性は出産・育児・介護などのライフイベントの影響を受けやすいという点だけでなく、そこに対する社会的サポートも十分ではないと考えられる。

社内にも多くの女性研究者を抱える化粧品大手の資生堂は、彼女たちを支援するため、2007年に「資生堂 女性研究者サイエンスグラント」を設立。10年目の節目を迎えた今、資生堂に研究助成制度の意義と成果を聞いた。

指導的立場を目指す女性研究者を支援する研究助成制度

「資生堂 女性研究者サイエンスグラント(以下、グラント)」は、指導的立場を目指す女性研究者を支援する研究助成制度。2007年度の設立以来、毎年10名の女性研究者へ研究助成を行ってきた。

対象分野となるのは、日本国内の大学・公的研究機関で、自然科学の研究に従事する女性研究者。年齢、国籍は問わず、推薦者も不要。応募資格に該当する研究者なら誰でも自由に応募できる完全公募制だ(※)。

※応募時、すでに指導的役割を担っている研究者(教授等)、大学院生・学生、企業に所属する研究者は除く。

年々応募者の数は増加し、10回目の節目を迎えた今回の応募総数は過去最高の193件。何度も応募する研究者も多く、5度目の応募でようやく受賞した例もあるという。同制度へのニーズの高さを示しているといえよう。

先進主要国と比べ低い水準にとどまる女性研究者の割合

グラントを通してだけでなく、これまでも女性の社会進出を積極的に推進してきた資生堂。社内でも女性が働きやすい環境作りに注力し、社会的評価も受けてきた。

そんな同社がグラントを設立した背景には、研究者の女性比率が低い事実がある。グラント初年度(2007年)の日本の女性研究者の数 は約10万5000人。研究者全体に占める割合で見れば、12.4%に過ぎなかった。日本全体の労働力における女性の比率が40% を超えていることを考えると、低い数字なのは明らかだ。

2017年4月に総務省が発表したデータによると、その数は13万8400人と過去最多となり、割合も15.3%まで上昇。しかし、海外に目を向ければ、ロシアの40.3%を先頭に、イギリスは37.4%、アメリカは34.3%と軒並み高い。10年間で増えたとはいえ、日本の女性研究者の割合は、先進主要国と比べてまだまだ低い水準にとどまっている。

女性研究者への支援は、女性の社会進出を後押しするだけでなく、科学の振興にもつながる。単純に、女性科学者が増えれば、これまで生かされてこなかった"隠された才能"が社会へ出ることになるからだ。

さらに、日本においては研究者一人当たりの平均学術論文数 は男性よりも女性の方が多いというデータもある(エルゼビア)。女性研究者が増えることで、日本の学術研究がより盛んになる公算は高い。グローバル化が進んだ世界で日本が存在感を示すには、女性研究者の育成、ひいては彼女たちを牽引する指導的役割を担える人材が急務なのだ。

第10回グラント受賞者の日出間さんは、グラントへの応募について、指導的立場を目指そうと思ったきっかけをこう語る。

「ポスドク(博士研究員)になりたての頃は、指導的立場に就いて研究分野や後進の研究者をリードしていく覚悟があったかと問われると、目の前のことに精いっぱいで、そこまでは考えが及びませんでした。しかし、研究を続けるなかで、多くの人に助けられ、気づかないところで支援してくれているのを感じると、自分も指導的立場を目指そうと思い、サイエンスグラントへのチャレンジを決めました。

亡くなった恩師に言われた『私に対する恩は、私に返す必要はない。君よりも若い世代に返してくれ』という言葉を胸に、若い人たちの支援ができる立場になりたいと思っています」(第10回受賞者 神戸大学・助教・農学博士 日出間るりさん)

日出間るり

女性はなおさら...研究職の狭き門

教授や准教授などの指導的立場の女性研究者を増やすには、出産や育児といった女性としてのライフイベントをサポートする必要がある。指導的立場の研究者になるには、博士号を取得後、「ポスドク」と呼ばれる博士研究員になるのが一般的なキャリアパスだ。

ポスドクは毎年契約更新が必要な任期付きのポジションで、3年から5年の契約期間内に、どれだけたくさんの論文を書き、それらが認められるかで研究者としての今後が決まる。

日本の場合、大学卒業後、大学院へ進学し2年間の修士課程を経て、さらに3年間の博士課程を終え、論文を認められ27歳ごろに博士号取得となるのが一般的。その後、ポスドクを経て、助教(以前までは助手と呼ばれていた大学教員職)に就くころには、30歳を過ぎているケースが多い。

つまり、研究者としてキャリアの基礎を築くのが、結婚や出産といったライフイベントの適齢期と重なっているのだ。そのため、研究者を志す女性の中には、ライフイベントを優先してキャリアをあきらめる人も少なくないという。

グラントが教授職などの指導的立場を目指す女性研究者を支援するのは、家庭を築き、それを守りながら研究者のキャリアを続けてほしいと願うからにほかならない。

助成金の使用用途の幅広さが研究者のステップアップを支援

グラントを受賞した女性研究者は100万円の支援が受けられる。一般的な助成金は使途が研究費に限定されるものが多いが、グラントは研究費だけでなく、個人的な研究補助員を雇用する費用に充てることも可能。

これなら、研究と家事の両立で時間が制約される女性研究者も研究に割く時間を確保できる。事実、過去のグラント受賞者の約半数が、助成金を有効に活用して上級職へのステップアップを果たしている。

過去の受賞者のひとりで、自分専用の技術補助員の雇用費にあてた研究者は、使途の幅広さをこう評価する。

「理系を志したきっかけが、資生堂の口紅の広告に憧れたからだったこともあり、サイエンスグラントについては、若い頃からその存在は知っていました。選考が厳しく、優秀な研究者がライバルだということを考慮し、いつか受かればいいなという気持ちで応募をはじめ、3度目の正直でようやく受賞することができました。

使用用途が広く設定されているのが『資生堂 サイエンスグラント』の特徴です。私はグラントの支援を自分専用の技術補助員の雇用にあて、研究室の中に小さいですが自分がメインとなる研究グループを持つことができました。サイエンスグラントの支援を生かして、研究者として一歩ステップアップすることができたと感じています」(第9回受賞者 北海道大学・特任助教・理学博士 釜崎とも子さん)

釜崎とも子

研究者で居続けるためにはキャリアアップが不可欠

グラントの過去の受賞者の中には、女性研究者が研究職を続けるためには、「Principal Investigator(主任研究者、PI)」と呼ばれる指導的立場の研究者になる必要があると主張する人もいる。文部科学省の定義 によれば、PIは次の5つがその条件だ。

[1]独立した研究室を持っている
[2]研究グループの予算作成・執行の実質的な責任者
[3]担当課題の予算作成・執行の実質的な責任者
[4]特定の部下(大学院生)の指導の責任者
[5]発表論文の責任者

ご覧のとおり、非常に裁量が大きい。結婚し、子どもが生まれれば、研究だけに時間を割くわけにいかないが、研究者として独立しているPIは自分の裁量でスケジュールをコントロールできる。PIを目指すことは、すなわち女性研究者が研究を続けられる可能性を高めることでもあるのだ。

「グラントに応募したのは子どもがほしいと思っていた時期で、かつ、より独立したポジションを目指してPI職にチャレンジを考えはじめた頃。グラントの応募書類には、当時の思いの丈を綴りました。そして、それと同時に、自分が研究室を持ったときにどうやって後進の指導に当たりたいかを書きました」(釜崎特任助教)

また、グラントの受賞は、研究者として自立するためのサポートが得られるだけでなく、研究自体に対する評価でもある。

自分がこれまで打ち込んできた研究が認められれば、研究を続けるモチベーションにもなるし、受賞を目指して何度もチャレンジする姿勢を院生や学生に示すことで、教職者の立場としても後進の指導・育成につなげられる。

さらに、そのステータスによって理系を目指す女性へのアウトリーチ活動に呼ばれるなど、活躍範囲も広がる。そのため、大学によっては女性研究者にグラントへのチャレンジを推奨しているところもあるようだ。

研究分野の垣根を超えた女性研究者のコミュニティ

グラントの受賞者には、もうひとつ大きなメリットがある。それは、受賞者同士でコミュニティを形成し、研究と家庭を両立するために情報を交換し、助け合えることだ。

日本に女性研究者が少ないというのは、大学側にまだ支援制度が確立されていないのも一因としてある。コミュニティを通してほかの研究者がよその大学でどんな環境で働いているか知っておけば、女性研究者へのサポートを大学側から引き出せることもある。

例えば、学会出張時の託児施設の利用費を、大学側が研究費として認めないケースもあるが過去の受賞者の中には、利用費支出を認めてもらうために、大学とかけ合う際に女性研究者の支援を続けるグラントの試みを伝えたという。

また、研究分野の垣根を超えて女性研究者が集まることで出来上がったネットワークは、共同研究という形で花開くことも。通常、研究者が分野を越えて集まるのは稀だが、グラントの授賞式や研究報告会を通じて知り合った研究者が、互いの研究分野を重ね合わせることで、新しい論文が生まれるなど効果も表れているという。

第10回受賞者

グラント設立10年、支援の先にあるものは?

10年の節目を迎えた「資生堂 女性研究者サイエンスグラント」。主催する資生堂は、今後も指導的立場を志す女性研究者の支援を続け、当初は考えていなかったコミュニティの形成という展開を、さらにサポートできる方法を模索していくという。

資生堂執行役員・島谷研究開発本部長は、知り合った研究者との交流を通じて、資生堂の製品をより良いものにするために互いに協力していきたいと考えている。

島谷庸一

「資生堂の研究者の約半数は女性。女性ならではの気づきや細やかな感性が当社の発展を支えてきました。

グラントが10周年を迎え、過去の受賞者の約半数が、受賞後にそれまでよりも高いポスト、指導的な立場に就任している事実を受け、今後は、女性が活躍できる環境を、社内だけでなく社会全体に推し進めていきたいと感じるようになりました。

より高い立場を目指すための支援も重要です。自立した女性研究者を一人でも多く世に送り出すのが、われわれ資生堂の目指しているところ。今後もグラントを通じて、日本のサイエンスを牽引するリーダーの育成を支援していきたいと考えています」(株式会社資生堂 執行役員常務 研究開発本部長 島谷庸一)

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