岸田首相は保守派と向き合ってLGBT法案成立への道筋を開けるか

2023.5.20

政治

0コメント
岸田首相は保守派と向き合ってLGBT法案成立への道筋を開けるか

東京五輪前には早期成立を訴える声も(東京・渋谷、2021年6月) 写真:AP/アフロ

自民・公明両党は5月18日、LGBTなど性的少数者への理解を深める法案、いわゆる「LGBT法案」を国会に提出。同法案は当初、超党派の議員連盟がまとめていたが、自民党の保守系議員の反発で一部内容を修正したことに立憲民主党などが反発。立憲民主党や共産党は、修正は認められないとして、元の法案を提出する事態となった。一体何が問題視されたのだろうか。

一部保守派からの強硬な反対で法案を修正・削除

「十分に議論した上で修正し、全会一致で了承を得た」。自民党の遠藤利明総務会長は5月16日に行われた総務会後の記者会見で、こう胸を張った。

自民党案の元は、2年前に同党議員を含む超党派の議員連盟が作った法案だ。しかし、党内の保守系議員が強硬に反対しているのを踏まえ、「性自認」との文言を「性同一性」に、「差別は許されない」との表現を「不当な差別はあってはならない」と保守派の一部に配慮する形で修正。さらに議員案では独立項目だった「学校の設置者の努力」も削除し、事業主の項目と一体化させた。削除は「子供に教えると混乱する」といった保守派の意見を踏まえたと見られる。

それでも反対する声は多かったが、5月19日から開催するG7広島サミットまでに間に合わせたいとの事情を優先し、半ば強行に党内手続きを済ませた。党内の部会では怒号が飛び交い「こんな強引な決め方は許さん」などとの声があがったという。総務会は全会一致が原則のため、反対派の一人である中曽根弘文元外相は総務会の採決時に退席した。

修正法案をめぐる与野党の評価はさまざま

「性自認」との文言を修正したのは、「男性が『性自認は女性』と偽って女性用トイレや風呂に入るなど悪用される恐れがある」との指摘を受けたためだ。「差別は許されない」との表現は、「訴訟が乱発される恐れがある」などとの批判を踏まえて改めた。「不当な差別はあってはならない」という表現は、保守系議員の象徴的な存在だった安倍晋三元首相が、首相在任中に「LGBTと言われる性的少数者などに対する不当な差別や偏見は、あってはならないことだ」と繰り返し答弁したことを受けての変更だ。

修正法案について、推進派である稲田朋美元防衛相は「一部修正はあったものの、趣旨はまったく変わっていない。大きな前進だ」と評価するが、立憲民主党の岡田克也幹事長は「超党派で合意した法案から大きく後退している」と批判。国民民主党の玉木雄一郎代表は、記者会見で「『一歩前進』という意見がある一方、(推進派と反対派の)2つの方向から反対がある」と語った。

修正法案から透けて見える保守派の思惑

それでも、自民党の世耕弘成参院幹事長は「100点にならないと法案を出さないという政党とは違って、我が党は70点、75点であってもしっかり提出して物事を一歩前進させていく」と語る。確かに、何も進まないよりは一部妥協してでも法律を整備していった方が性的少数者にも良いことかもしれない。しかし、当事者団体などは特に修正で盛り込まれた「不当な差別」との表現に強く反発している。

なぜなら、“正当な差別”というのは存在しないからだ。共産党の志位和夫委員長も修正法案について「“不当でない差別”というものはない」と指摘している。それにもかかわらず、あえて「不当な差別」と修正したのは、少し丁寧に言うと、LGBTを理由とした異なる対応や取り扱いを一律に差別とはせずに認められる場合があることを明確化したいとの保守系議員の意図が読み取れる。「性自認」を「性同一性」としたのも「性同一性障害」という“障害”の枠にとどめておきたいという狙いが透けて見える。

“伝統的な家族観”を重視する保守系議員の多くは、表向きには「訴訟や逆差別のリスクが高まる」ことなどを反対理由に挙げるが、本音は「性的少数者への理解を広げるべきではない」と考えているのだろう。「学校の設置者の努力」を削除したのはその象徴で、「学校でLGBTへの理解を広めるのはけしからん」というわけだ。しかし、実際の教育現場ではすでに道徳の教科書などで「性の多様性」について教えており、法案の文言を削ったからといって、何かを阻止できるとは思えない。

反対派の西田昌司政調会長代理は、2023年2月に「人間誰にも両親がいる。この社会秩序を守らないと、われわれは存在し得ない」と主張。2021年には、自民党議員が「(LGBTは)生物学上、種の保存に背く。生物学の根幹にあらがう」などと発言し、物議を醸したこともある。また、「保守系議員は女性・女系天皇の議論につながるのを恐れている」との見方もある。

LGBT法案成立の鍵は、慎重姿勢から一転した岸田首相の本気度か

自民党内で賛否が分かれるLGBT法案だが、国会提出までこぎつけたのは、岸田文雄首相の国会発言がきっかけだ。岸田首相は、2月1日の衆議院予算委員会で行われた、同性婚の法制化をめぐる審議の中で「家族観や価値観、社会が変わってしまう」などと述べ、当初は慎重な姿勢を見せていた。

それが一転したのは、同月3日に首相秘書官がオフレコ取材の中で、岸田首相の発言に追随する形で「(性的少数者は)見るのも嫌だ。隣に住んでいるのも嫌」などと発言。翌日には毎日新聞が「首相秘書官がこうした人権意識を持っていることは重大な問題」としてオフレコを破る形でネットニュースとして配信した。その結果、ただちに問題化され、首相秘書官は更迭された。岸田首相は、自らの発言で性的少数者の権利保護を求める声が社会に広がったことを機に、法整備に強くこだわるようになったという。

さらに、首相の地元・広島で開催されるサミットの主要テーマの一つが、性的少数者の権利促進や保護だという背景もある。G7の中で、性的少数への差別禁止などを定める法制度がないのは日本だけと言われ、アメリカなどからも法整備を求める声は強まっていた。何とかサミット前の提出にはこぎつけたが、反対派からは「提出だけで十分」との声も漏れる。党内保守派と向き合って成立への道筋を開けるか。岸田首相の本気度が問われる。