食中毒や次亜塩素酸も…生活に関わる「化学」に関心を

2020.10.21

技術・科学

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食中毒や次亜塩素酸も…生活に関わる「化学」に関心を

化学・化学技術の進歩により、人類の生活は格段に便利になり豊かな生活を享受し、身の回りは多くの化学製品や化学物質で溢れています。これらの恩恵を受けつつも、しかし、負の遺産ともいうべき化学物質の危険性や取扱注意喚起が高まっています。ここでは身の回りの化学のうち、最近発生した食中毒事件や、新型コロナの感染拡大で話題になった「次亜塩素酸」の事例を紹介し、少しでも化学と身の回りの生活の密接な関係性への気づきにつながればと思います。

やかんの水あか中毒、原因は銅

2020年7月6日、大分県臼杵市の高齢者施設で、湯冷ましの水が入っているやかんにスポーツドリンクの粉を溶かして作った清涼飲料水を飲んだ入所者13人に、吐き気や嘔吐の症状が出たとのニュースが流れました。

大分県食品・生活衛生課によれば、このやかんの水あか中毒の直接の原因は、やかんの内部に付着していた水あかに、水道水に含まれる微量の銅が長期間に渡って蓄積し、その銅が酸性のスポーツ飲料と反応して溶け出した銅中毒とのこと。ちなみに、飲まれたスポーツドリンクを調べたところ、1リットルあたり200mgの銅が検出され、水道水の水質基準では銅は1mg以下となっているので、かなり高濃度であったことは間違いありません。ただし、銅以外の原因物質はなかったのかは不明で、この辺りは詳細な分析が必要な気がします。

この事故のそもそもの原因は、毎日同じやかんで10年以上もの長期に渡ってお湯を沸かしたこと、そしてスポーツドリンクをそのやかんで作ってしまったことの二つの操作による化学反応が偶然にも重なったことにあります。この時どのような化学反応が起こっているのかに関しては、ほとんど知られていません。

水道水に含まれる代表的なミネラルはカルシウムで炭酸水素カルシウム(Ca(HCO3)2)として水に溶けています。水道水を温めると、炭酸水素カルシウムから二酸化炭素(CO2、炭酸ガス)が空気中に放出され、炭酸カルシウム(CaCO3)すなわち軽石となります。これが水あかの正体です。

ですから、同じやかんや電気式ポットを使って長期間お湯を沸かしますと底に水あかが溜まり、この水あかはスポーツドリンクなどの酸性物質と反応すると溶解します。したがってその水あかに付着していた銅も一緒に溶けだしたという訳です。

水あかが溜まるのは防ぎようがありません。今回の水あか中毒事故はかなり稀なケースと言えますが、問題なのは、水あかを溶かしてしまったこと、そして飲んでしまったことです。化学的知識があれば(そうは言っても難しいことですが)、この事故は防げたかもしれません。

なお、この水あか中毒事故で起こっている化学反応は、鍾乳洞や鍾乳石が生成される反応と全く同じで反応です。また、硬水を軟水にするには、水を熱することにより達成できるのも同じ反応です。このように、身の回りの現象は化学的につながっていることが分かります。

新型コロナで注目された「次亜塩素酸水」とは何だったのか

新型コロナウイルスの消毒液として、にわかに脚光を浴びた次亜塩素酸水。新聞、テレビ、インターネット上では、次亜塩素酸水を販売している会社、その評価をしている独立行政法人製品評価技術基盤機構(NITE)、その使用等の通達を出す経済産業省・厚生労働省、それをすでに使っている・使っていない一般市民、そして医師などの間で、効く? 効かないの? の激しいバトルが繰り広げられました。

2020年6月11日には、販売会社が反論の記者会見をするに至りましたが、6月26日に「次亜塩素酸水の使い方・販売方法等について(製造・販売事業者の皆さまへ)」との通達文書が経済産業省・厚生労働省・消費者庁から発せられ、これを境にこの熱い論争は終焉したかのようで、その後、報道はほとんどなくなりました。いったいこの騒ぎは何だったのか、何があったのかはいまだに理解できません。

次亜塩素酸(HClO)、その水溶液・次亜塩素酸水、そしてよく似ている次亜塩素酸ナトリウム(NaClO、カビキラーやキッチンハイターの主成分)は化学物質で、それぞれ化学的性質を有しています。一般市民にとって、この詳細を理解することは困難にせよ、ある程度の知識を持つことは大切です。

次亜塩素酸は不安定で、塩化水素(HCl)と原子状酸素(O)に分解するため、この活性酸素が消毒・殺菌作用を有すると言われています。この水溶液である次亜塩素酸水は結構高い値段で市販されていましたし、まだ市販されているかもしれませんが、これが消毒・殺菌に効くとのふれこみを信じていいのかは分かりません。その理由は、上述のとおり次亜塩素酸がすでに分解・失活している可能性があるからです。スーパーの出入り口にもあれだけ置かれていた次亜塩素酸水、自治体や学校でも使われていましたが、今はほとんど見かけなくなりました。消費者はしかるべき化学的知識を持つことが必要です。

次亜塩素酸水の作り方には、大きく分けて2種類あります。電気分解法(ここでは説明を省略)と混合法です。混合法とは、次亜塩素酸ナトリウムに塩酸や炭酸を作用させる中和法のことで、ネット上にはその作り方までが掲載されていますが、極めて危険が伴いますから、絶対にやってはいけません。次亜塩素酸ナトリウムは、強酸性条件下では塩素ガスを発生させます。したがって溶液のpHを誤ると極めて危険です。また、次亜塩素酸ナトリウムは強アルカリ性なので、手につけると皮膚を侵し、目に入れば失明の危険もあります。

古い話ですが、1987年と1989年に、カビキラーを使ってトイレやふろ場を清掃中の婦人が死亡する事故が起こりました。理由は、上述のとおり、カビキラー(アルカリ性)と酸性洗剤を同時に使用したことによる塩素ガス中毒だったのです。化学反応を理解すれば当たり前なのですが、一般的にはなかなか分からないこと。この事故後、「まぜるな危険」の赤文字が挿入されたのです。

上述の二つの事例は、身の回りの生活と化学が密接に関係していることを示しています。冒頭にも述べたとおり、我々は、多くの化学製品や化学物質に囲まれて生活をしていますので、少しでも化学的視点から身の回りの生活を見ていただければと思います。現在、プラスチックごみ、化学汚染物質、地球温暖化をはじめとする多くの環境問題がこれだけ叫ばれていますが、そのすべてが化学の問題であると言っても過言ではないのです。