世界を読むチカラ~佐藤優が海外情勢を解説

イスラム国は新しい国の建設を本気で考えている

2015.3.10

社会

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フランスの週刊紙襲撃、邦人人質殺害、ヨルダンパイロット殺害……相次ぎ報道されるイスラム国によるとされるテロ。多国から参加する戦闘員は2万人を超えるといわれ、世界各国へその触手を伸ばしている。目標にされた今、日本も知らんぷりでは済まされない!

「イスラム国」という呼び方

イスラム過激派組織「イスラム国」の危険を日本人は過小評価している。ちなみに日本政府は、イスラム国ではなく、「ISIL(アイシル)」と呼ぶ。イスラム国の旧称は、「イラクとレバントのイスラム国」だった。レバントとは、シリア、ヨルダン、レバノン、イスラエルなどの地中海東部を意味する昔の名称で、拡大シリアと言い換えてもいい。その英語名Islamic State in Iraq and the Levantの略称がISILだ。国連や米国もISILと呼ぶ。

イスラム国が全世界のイスラム教徒を統治するカリフ帝国(イスラム帝国)であることを自称しているのを認めず、「お前たちが影響力を行使しているのは、イラクとシリアの一部に過ぎない」というニュアンスがISILという言葉から出てくる。しかし、この過激組織の危険性を正確に認識するためには「イスラム国」という呼び方をした方がいいと筆者は考える。

2月1日、イスラム国の構成員と見られる黒装束の男によって、ジャーナリストの後藤健二氏が殺害されたとみられる映像が動画サイトに公開された。ジハーディ(聖戦士)・ジョンと呼ばれる黒装束の男は、<日本政府よ。/邪悪な有志連合を構成する愚かな同盟諸国のように、お前たちはまだ、我々がアラーの加護により、権威と力を持ったカリフ国家であることを理解していない。軍すべてがお前たちの血に飢えている。/安倍(首相)よ、勝ち目のない戦争に参加するという無謀な決断によって、このナイフは健二だけを殺害するのではなく、お前の国民はどこにいたとしても、殺されることになる。日本にとっての悪夢を始めよう。>(2月1日「朝日新聞デジタル」)という呪いの言葉を吐いた後、後藤氏の首にナイフをあてた。

中東

暴力とテロで建設する国の名は「カリフ帝国」

黒装束の男の発言にイスラム国の内在的論理が端的に現れている。イスラム国のテロリストが精神に変調を来しているわけではない。イスラム国が目指しているのは、世界イスラム革命だ。イスラム国とこの「国」を支持する人々は、唯一神アッラーの法(シャリーア)のみが支配するカリフ帝国を21世紀のこの世界に本気で建設しようとしている。この帝国を支配するのは、独裁者であるカリフ(皇帝)だ。

今回の日本人人質事件は、1月7~9日、フランスで起きた連続テロ事件と同じ文脈で理解すべきだ。イスラム国は暴力とテロによって世界イスラム革命を実現することを決めた。既存の国際法、普遍的価値観などの国際秩序を遵守する日本も、米国、ヨーロッパ諸国、ロシアとともにイスラム国による打倒対象とされているのだ。イスラム国は日本を相手に戦争を行っているのである。

積極的平和主義を掲げる安倍晋三首相が中東を歴訪したことが、今回のテロ事件の原因であるという見方は間違っている。安倍首相の訪問(特にイスラエルへの訪問)のタイミングをイスラム国が最大限に活用したことは間違いない。しかし、安倍首相が中東諸国を歴訪することがなかったとしても、イスラム国はいずれかのタイミングで日本を標的とするテロ攻撃を仕掛けてきた。イスラム国は日本を敵と認定し、日本国家と日本民族を抹消してカリフ帝国を建設することを本気で考え、暴力とテロに訴えているのだ。

世界に拡散するイスラム国の魔の手

過去の歴史で、イスラム国によく似た機能を果たした組織がある。1919年3月に創設された「コミンテルン」(共産主義インターナショナル=国際共産党)だ。1917年11月にロシアで社会主義革命が成功したのを受けて、ボリシェビキ(共産主義者)は世界的規模で革命を起こそうとした。その指令塔となったのがコミンテルンだ。コミンテルンの本部はモスクワに置かれたが、ソビエト・ロシア(1922年以降はソ連)とは関係ないという建前だった。コミンテルンは、各国に支部を作り、革命運動を指導した。日本共産党も当初は、国際共産党日本支部と名乗っていた。ナチス・ドイツと戦う際にコミンテルンが存在すると、ソ連と英米等資本主義国との同盟関係に支障を来すので、1943年11月にコミンテルンは解散した。イスラム国は、コミンテルン化しつつあり、各国でその支持者が増えている。

日本にも少数ではあるが、イスラム国によるカリフ帝国建設を支持する人がいる。もっともイスラム国からすれば、この人たちは口先では支持を表明するが、殉教者(シャヒード)になる覚悟では決起しない中途半端な分子ということになる。今後、こういう人たちに日本国内でテロを起こさせることがイスラム国の戦術目標になる。ポリタンクにガソリンを入れて、人が密集する公共施設に撒き散らし、火を点けるような自爆テロならば、訓練も必要ない。

イスラム国支持者を社会的に孤立させることは、テロとの戦いで不可欠だ。同時にこの人々をコーナーに追い詰めて暴発させることは避けなくてはならない。

 イスラムの価値観を受け入れるための教育

イスラム国対策として、掃討作戦を敢行、空爆をしたとしても、第2、第3のテロリスト集団は出てくると思われる。それでもテロを根絶するには、テロにつながる思想を前もって摘んでおくことが非常に重要だ。

日本ができるテロとの戦いは、社会的な格差をなくすための国際貢献をし続けること。また、教育に力を入れて、イスラムなどや多文化をしっかりと理解することではないだろうか。

そうやって、テロリストたちのプロパガンダに共感しないよう、間違った情報を鵜呑みにしないような知識を持つべき。また、他宗教を安易に批判(風刺)しないように、多様な価値観の共有を説くことも大切だと思う。